東方訪問符2
俚諺の墓
1
妖夢がぼけっとしている間に、誰か横を通り過ぎたらしい。
「まて」
白楼刃を抜き払って、制止する。
「あいかわらずせこいまねをするな、チルノ」
つまらなさそうに振り向いた氷の妖精はちえっといってこちらに財布をなげてくる。半分幽霊の妖夢には半分以上の財布はいらないとはいえ、とっていかれて困らないものじゃない。
「いつのまにそんな芸を!? って驚いてほしいね」
「芸で済むことばかりだと思われては困るな。とりあえず切り捨ててしまうところだった。」
軽く肩をすくめたチルノは、氷の翼をひよひよと動かした。意味ありげの腕を組み、にやりと笑う。
「なるほど、おまえさんはほんものってことみたいだね。へんなリボンしてるから2Pキャラだとおもっちまったぜ」
「う、うるさい。幽々子さまにつけるようにいわれたんだ」
頭につけたふりふりのリボンは、霊夢のもののようだった。まったくどこからぱくってきたのやら。
「1Pキャラのばったもんが多いらしくってな。さっきも狐が偽者とおおあばれしてたぜ?」
「狐? 藍か。」
「あたしも2Pになろっかなー。にせもんだっていわれたらヤだし」
「ならこれをつけておけ。おまえじゃ、ホワイトロックにすら勝てんだろうしな」
「まったく、迷惑な話だね。あたしはちょっといたずらして回ってるだけのにね」
妖夢が手渡したのは、奇妙な色のたすきだった。虹色。いやがるか、拒否するかと思ったが、チルノは以外にもあっさりそれを受け取ると、氷の翼の端に結びつける。
「ところで、人探しをしてるんだが、しらんか」
「誰?」
「パチュリー。あるいはレミリアでもいい。大図書館が動いて吸血鬼がいなくなって、困ってる奴が居るらしくてね」
「慈善事業かい?」
「商業活動だ。しらんのなら」
「ああ、知ってるよ。さっき見た」
どこで! と聞こうとした瞬間、
チルノは脈絡なく周囲を凍らせた。
「なに!?」
「きやがった」
苦々しい声。
「やれやれ、ということですね。まったくもって夏にふさわしくない」
「春だっつうの」
ふわり、と降りたったのは、巨大な傘。赤の鮮烈な衣装に緑の長髪。
風見幽香だ。
陽気なような、陰鬱なような表情。
くるくると傘をまわしていってくる。
「妖精が歩き回る天気にしては暑いような、ひまわりの季節にしては寒いような、そんな天気にあなたはなにをやってるの。氷の妖精?」
すちゃ、と刀を抜こうとした妖夢を制止する。
「チルノ」
「さてな。でも」
一瞬の吹雪、目もくらむ氷の乱舞に視界が奪われる。
チルノが飛んだ。
「傘もってあるくにはお天道様が高すぎるぜ!」
舌打ちをひとつしtげ、風見が追いかける。
「まて!」
妖夢が追いかけようとした瞬間。
「待って」
ふりむくと、九尾の狐。g
藍が、袖を引いた。
2
「パチュリーさまとレミリアさまの捜索、半人前にまかせて大丈夫なんですか?」
「さー?」
「さらにいえば、私が霊夢の殺人犯を探す手伝いをしてる理由がわかりません」
「まるで霊夢が死んだみたいじゃない〜。ひどい〜」
「死んだんじゃないんですか?」
「死んだらわたしがわかるもの。」
ぺろり、と指を舐めて、幽々子がいった。
名前があるかもないかもしれない木のてっぺんから幻想郷を見下ろしながら、おせんべいをかじりつつ咲夜はそれを何も言わず、じろりと見た。
「じゃ、死にかけ?」
「そ、死にかけ。でも幻想郷で死ぬってどういうことかわかるかしら?」
「普通に死ぬんじゃないんですか?」
「冥界にもいったりきたりできる境界で死ぬってのはおかしな話。むしろ笑い話。死んでも生きてるのとかわらない。かわらない死に方をするのは生きているのと変わらない。じゃ、もんだい。いったいなんで霊夢は死に掛けているのでしょうか」
「知りません。」
「私もしらな〜い」
「腹キックしますよ?」
「そ、それはきついわ。でもね、霊夢の死に方はほかの死とはちょっと違う気がする。」 「どういう風に?」
「まるで、生きてないみたいに死んでいるようなかんじね」
わかったようなわからないような。
ふと、咲夜は話している相手が幽霊だということに思い当たった。
違う種族、違う言葉。話してもむだだ。
「で、どこからいきましょうか?」
「犯人のめぼしはついてるの?」
「ついてるのですか?」
「いいえーでも」
振り向く。咲夜はひょいっと隣の枝に飛び移る。
ばざくっ! と音がして、いましがた二人が居た枝数本がまとめてふきとんだ。
「後ろの人にきけばいいですね。」
咲夜はスカートのしたからナイフを取り出して、微笑んだ。
3
残骸と化した誰かの屋敷の、そのまた防弾壁とかしたコンクリートブロックに転がり込んで、頭の上を通り過ぎる無数の光玉をやり過ごした。妖夢はいっきに呼吸を吐き出して、魂魄をひょろりと潜望鏡のように壁の上にだした。もういない。
視界の隅に因幡てゐの姿を認めて、適当に弾幕をばらまいた。回避をとって左に避けたところを
「もらった! スペルカード『幽鬼剣「妖童餓鬼の断食」』」
剣の軌跡から生まれた無数の弾。直撃。因幡がふっとぶのが見えたが、あとはよくわからない。
風のない水面のように静寂がおとずれる。
唐突に左。赤い弾丸が高速で飛来する。避けられない! 妖夢はそちらに踏み込んで、
「せあ!」
気合一閃、一列の弾幕を切り裂いた。それはしかしフェイント、後ろから直列の「座薬」が降り注ぐ。自機狙いではないが!
「スペルカード! 『人鬼「未来永劫斬」』
大上段から裂ぱくの気合とともに、振り下ろす刃で視界の弾幕が吹き飛んだ。前方に吹き抜ける圧倒的な風圧と白い剣圧が地表の風景を変え残骸を吹き飛ばす。飛来した弾幕は力の奔流にかき消された。妖夢の切りそろえた前髪がふわりと浮き、またもどる。
敵の視認すらしていない。それでも必殺のスペルカードを使ったのは。
ひざを付いた。崩れ落ちた。
右肩に、弾が突き刺さっていた。
妖夢は脂汗をぬぐうと、痛みをこらえて数秒、間断なく周囲をさぐった。
なにもない。
刀を鞘へおさめた。
「うぐっ!」
痛みに身をよじりながらも、弾を抜き払った。傷は深くない。こんなとき、半人前でも半分幽霊でよかった、と思う。
咲夜のような人間であったら、もうナイフは投げられまい。
ひょいっとどっからか藍が顔をだす。
「おわった?」
「たぶん。そっちは?」
「騒音幽霊がいた。三人。でもなんとか封じたよ」
「まったく、やってられないな」
嘆息して藍は九尾の尻尾をふよふよと漂わせる。周囲にうかんでいた無数の符を収める。
「いこう。八雲さまを探さなきゃ」
「八雲まで行方不明とはね」
深呼吸を二回。だいぶ痛みが引く。ふよふよとただよう魂魄が心配そうに、まるで顔でものぞきこむかのように高度をさげてきた。横目でそれをみやり、うなづく。
「ま、こまってるけど、有る意味じゃとても助かるよ。もし「吸血鬼の妹」や「永遠と須臾の罪人」に襲われたら……って、考えたくもないしね」
「レミリアといい、八雲といい、力のある妖怪たちが姿を消して、偽者があっちこっちでむちゃくちゃやってる。これってどういうことなのかな」
妖夢はたって、藍にきいた。
「わからないね。わかったからってどうってこともないけど」
「受身のキャラだなぁ。問題をなんとかしようって思わないタイプ?」
「それは巫女の仕事でしょ?」
「その巫女はもういない」
「じゃあ、魔法使いの仕事だ。こっちは生き延びることと主人を探す仕事をすればいい」
まったくだ、と妖夢はおもった。
正論過ぎる。
「ねえもし。あなたの偽者が、八雲の前に現れたら」
「躊躇なく始末するだろうね。八雲さまなら。たとえ、僕でもね」
そうよね、と妖夢はいった。幽々子も、そうだと思って。
別に憂鬱になったわけじゃない。そのはずだけど。
藍はつけたすようにいってきた。
「でも、そんなお方だからこそ八雲様の式神やってるんだろうと思ってもいるよ」
「力がある、という意味で?」
「んー? そうあろうと思う意味で」
藍は妖夢を見ようとせず、前だけ向いてつぶやいた。
そして立ち止まる。
「ここだよ。八雲さまがいっていた、今回の境界は」
そこは紅魔館。
4
やはり強い。それも、圧倒的に。
「もーおわり?」
蛍の妖精、鳥の妖怪、あと兎もいた。そういえばこの兎の名前はなんだったかしら、なんて咲夜は考えながら、今しがた地面に倒れた猫の式神を見下ろして、思った。風が一陣吹き抜ける間に勝負は決まっていた。丸裸になった大木は弾幕でずたずたになっている。
「ザコってやーね」
「あなたが強いのですよ」
自分が一匹つぶす間に三機の妖怪をつぶしていた幽々子にさりげなくいってみる。スペルカードの量と質が違いすぎるのだ。
咲夜はひとりごちる。
「奇術師のあだ名も形無しね」
「メイドのかっこじゃないからじゃない〜?」
「そうかもしれませんけどね」
そんなわけはないだろう、とは言わなかった。
とりあえず橙の胸倉をつかみあげる。
「あははー、あいかわらず強いね!」
とへらへらっとしなから橙はへらず口を叩いてきた。
「で、あんたは何者?」
「名乗るときはまず自分から、あ、すみません、うそです。ご高名はよくうかがって」
首筋に当てられたナイフからめをそらして、橙は続ける。
「あたしはね。橙ですよ」
「の偽者ね」
木が倒れる。その轟音すら笑うように、橙は指をふった。
「偽者ってか、ちょっとちがいますねー。あのですねー。そうですねー。一番ふさわしい言い方をするとですねー。橙の『花びら』なんてどうでしょうかー?」
「なるほど、『花びら』。よっぽど命がいらないと見えますね。そんなに散り急ぎますか?」
「ちょ、ちょっとまった!! まってまった! いくいく、逝く! そんなに刃物が首にめりこむと、逝っちゃう!」
「『花びら』は、風にまかれて広がるの?」
幽々子の不敵な聞き方に、橙の顔色がわずかにくもる。
「どうかしらねー?」
「なっ!」
と、橙が溶けた。不気味な感触に思わず手を離した咲夜の目の前で、橙は風に溶けるように砂になり消える。
「これは、想像以上においしくないことになりそーねー」
「どういう、こと?」
「まじでやばいことになりそうだぜって、ことだ」
後ろに現れたのは、魔理沙だった。
いつもの黒尽くめではなく、白のローブに、赤い首飾り。帽子はしていない。箒はいつもの。
「あなたも2Pキャラ?」
「咲夜にいたっては、もはや二次創作だな。いつから幻想郷は企業小説になったんだ?」
「減らず口はききたくないわ」
「花びらに食われないように、さ」
魔理沙は神妙につぶやいた。
「いくならいこうぜ。」
「どこへー?」
「どこでも。いきあたりばったりにいって、いきついたところが答えだ。」
「とかいってほんとはちょっとなんか知ってるッぽい口ぶりね」
「どうだかな。幽霊の親玉に比べりゃ、俺のしってることなんてびびたるもんだぜ。 」
魔理沙はぼやいた。