東方訪問符 第三話

深い木々のマヨヒガ


 博麗神社の境内につもった桜の花びらは、季節外れのイチョウといっしょに山になって敷石を覆い隠している。そこまではまだちょっと遠い。
 苔むす階段をゆっくりと上がって来たのは、風見幽香だった。ふんふん、と鼻歌を歌いながら、くるくる傘を回して上機嫌である。その傘の先には虹色のたすきが絡み付いている。
 鳥居をくぐって。
 人形が数十。一気に虹色の弾を吐き出した。
 「あらら」
 踊るように避ける。避けきれないは傘ではじいた。
 が。
 「スペルカード! 赤符『ドールミラセティ』!!」
 「アリス・マーガロイド!!!」
 至近距離。それでも直撃をさけて、なんとか幽香は距離をっとった。
 「なんの用かしら?」
 「おやおや、七色の妖怪がなんで神社にいるのかしら?」
 「頼まれごと、よ」
 「偽者の偽者に? 俺俺詐欺にひっかかったと思わないの」
 「偽者でも魔理沙魔理沙。」
 「あらら。あたしは魔法使いのことなんていったこともないんだけど?」 
 アリスの顔が赤く染まる。
 「あ、あんたねぇ!」
 奥殿から漏れる霊気が、得物だ。そちらを一瞥して、視線をアリスに戻した
 「霊夢のおもりも大変みたいだけど、残念、あなたはここでドロップアウト。お守はぬけて二級品のお人形と戯れてなさい」
 アリスはあざけりをほえた。
 「ばったもんが巫女の魂くらってホンモノになりたいって? 二級品はどっちかしら? あたしのコレクションにも入らないわ。ゲスすぎて」 
 幽香の表情が、一瞬驚愕に、続けて残虐に、ゆがむ。
 「なら、死んでもらうしかないようね」
 「七色の魔法はひまわりのおろかさを上回る。魔理沙の頼まれごと、あずかってるからね!」
 向日葵と弾幕、人形と傘が主の眠る神社の境内で舞い狂った。

 眼前に十二匹。いちれつに向かってくるのを、全く速度をゆるめずに突っ込んで、妖夢は刃を薙ぎはらった。
「おそい!」
一列に現れた人形どもを一閃のもとに薙ぎはらって妖夢が全力で棚を走り抜ける。すぐそばに藍。こちらも符を召還して迫る人形を撃破している。
「きりがないね。どっち?」
「上、でなきゃ下!?」
「来たことあるの?」
「ないけど……ノリ?」
「ノリが大事な時期かしらね?」
門番も主もメイドもいない魔の館を突っ走って……藍が唐突に脚を止めた。
「どうした?」
「先にいってて、すぐに追いつく」
すちゃり、と構えて妖夢
「誰」
「先にどうぞ」
うむを言わせぬ強い声音。藍は妖夢をみようとすら、しない。
静かに、剣をおさめた。
「あとで、な」
妖夢は走り出した。あしおとが聞こえなくなる。しばし。
殺戮の赤弾が降り注いだ。符を張りまくって防御、自機狙い以外弾で視界が真っ赤に染まる。
「歴史を動かすものには死が待ち受ける。あるいは偽りが待ち受けている。先に半人前を行かせたのは犠牲の現れか?」
「歴史なんて大層なもの、僕らには興味がないね。偽りと楽しみで充分だよ」
慧音がゆっくりと現れた。頭に角。緑がかった髪は本気か冗談か。どっちでもいいや、と藍はぼやいた。
「うだうだするのは好きじゃないんだ。九尾の狐が相手にするよ」
「奥には行かせない!四千年より長い偽りの歴史、体に刻み込むがいい!」
スペルカードを発動。『行符「八千万枚護摩」』を発動。でらためな空間にめちゃくちゃな弾道で符と赤弾がとびかう。慧音もほぼ同時にスペルカードの詠唱を終了。
「スペルカード! 新史新『幻想史 -ネクストヒストリー-』!!!」

図書館。本棚がめちゃくちゃに散乱し、ぎっしり詰まった本が根こそぎふっとばされている。符術で強化された壁面には巨大なつめやら槍のあと。しかも新しい。
 普段から静かな、何も無い場所なのだろう。その静寂だけを遺して、悲劇の残影だけがむなしく残っていた。
 「レミリアたちが帰ってるのかな……」
 妖夢がひとりごちるように鬼火に話しかける。ふよふよと浮かんで、魂魄はなにも答えない。
 人の気配はしない。ほとんどオート・セキュリティと化した人形達はいるものの、聞いても何を答えるわけでもない。地下と上。どっちをとるかで漠然と選んだの地下だったのだが。
 奥へ進む。
 一体の人形を切り落とした。と
 「うあ」
 床が輝いた。光は白く、強力なフラッシュ。
 妖夢は思わずたたらを踏んだ。抜き身の剣が、壁にぶつかる。
 「来るなバカモノお!」
 唐突な悲鳴は、少女のような幼い声だった。ただ語勢は絶対無比の力に満ちて、それもどこか絶望的な、困惑に満ちて。一瞬。
 夢が覚めるような、書割の世界がぶち壊れる。静寂の糸がちぎれ、ガラスに拳を叩き付けるように空間の破片が降り注いだ。
 ふわり、と現へあらわれる、小さな花びら
 「桜?」
 つぶやく妖夢の脇を、猛烈な勢いで何かが過ぎ去る。それは、枝だった。
 続けざまに向かってくる木の枝。ちぃっと叫んだ、先端の二本をやりすごした。三、四、六、四と切り払い、本棚のうえに舞い上がって避ける。前面の一本を切り払う、と。
 脚にからみつく感覚。
 「しまった」
 悲鳴をあげるまもなく、丸太ような枝が飛んでくる。
 なすすべなく吹き飛ばされた。
 「空間が破れた! 境界が切れたんだわ。小細工無用、あとは力でねじ伏せる!」
 別の少女の声。しかしその語勢は老成された知性に溢れている。
 「スペルカード!! 『魍魎「二重黒死蝶」』!!」
 全身を飲み込もうとする丸太を三枚に下して、視界に現れた妖夢はみた。
 「なに、あれ」
 広大な地下室に巨大な幹が屹立する。はっきりと、見覚えがある。

 それは、西行妖のものだ。

 「ところで白い家出少女? どこにいくつもりなの?」
 「いったところが終着駅さ。いつだってオレらの道は一本道だろ?」
 「レールのない線路って、ロマンがあるわよね」
 ゆゆこに腹パンチを食らわして黙らせる。
 「で、どこにいくの?」
 「紅魔館」
 「そこ、スタート地点よ」
 「あたしにとってはゴールなんだよ。偽者殺しのメイドさんよ」
  咲夜の顔色が残酷ににごる。
 「どーいうことかしら?」
 「そのままだよ。霊夢殺しの犯人さん?」
 はーと息をついて、肩をすくめてみせた。そんな咲夜のしぐさをにやにやしながらゆゆこが見ている。
 「博麗神社で霊夢をぶっ殺したのはあんただろ、咲夜。それで、異変に気づいた。そうね、あっさりいえば、あのコピーたち、偽者たちが現れたんでしょ。あなたか、あるいは美鈴の」
 「あー、ま、そこまでは推理? はあってるわよ?」
 「ぶっちゃけ、美鈴をゲロさせたんだぜ」
 「幻想奇術師の奇術はもうおしまい?」
 ゆゆこが聞いてくる。ふふっと笑う咲夜。
 「奇術のたねはたくさんあるわよ?」
 「でも、奇術のネタは一つでしょ〜?」
 「レミリアもパチェリーも紅魔館にいるな? んで、なんかろくでもないことやってるな。それに近づけさせないために、わざわざこっちまでそんなかっこしてでてきたってわけだ?」
 「それはどうかしら?」
 「霊夢を殺したのは単純に偽者だったからか?」
 「どうかしらね?」
 「こたえないつもりか?」
 「だとしたら?」
 「口を割らせる! 恋符『ノンディレクショナルレーザー』!!!」
 「遅い!」
 いきなり弾幕勝負を始める二人をぽかんとした目で見やりながらゆゆこ。
 「だから、霊夢はしんでないのになぁ」

 「大丈夫か? 大丈夫ね」 
 妖夢を抱き起こしたのは、パチェリーだった。大丈夫、と小さく次げて、妖夢は眼前の西行妖をみつめた。
 「あれは」
 「べらべらしゃべるべき、か、だんまりで押し通すべきか。ちょっと悩むところだけどね。まぁ、あれはああいうものよ」
 「見ればわかります! なんで……」
 「幻想郷が二つに分かれようとしているから」
 しれっと、そんなことをいった。
 「え」
 「つまり、幻想郷が幻想郷の境目をなくしてるってことなのよ!」 
 ゆったりとした足取りでこちらにむかってきたドレスのロリコン少女。
 八雲紫だ。
 表情にはいらだちと、かすかな疲れが見える。年のせいかしら、と妖夢は内心でちょっとだけ思った。
 「桜は」
 「レミリアが押さえ込んでる。あたしはちょっと休憩。霊夢やゆゆこに気づかれないように境界をきったり張ったりでさすがに疲れたのもあるしね」
 「霊夢? 彼女は」
 「あれは大丈夫。むしろヤバイのは霧雨魔理沙のほうかもね」
 苦い顔でうめくパチェリーの言葉を、八雲は桜を間断なくみやりながらさえぎった。
 「詳しい説明はあとのほうがいいかもね。また、くるよ」
 桜のほうを見やる。瞬間、春が訪れた。一斉に開く満開の桜。その境界は幹。幹の側面がぐなりとひしゃげ、ピンク色の花びらがどす黒くにごった。
 ひしゃげた空間に立っていたのは。
 「小町? どうなってるの?」
 「こうなってる。もうひとつの幻想郷がひとつめの幻想郷の住人を作り出してこっちに送り込んでいるってわけだね。さて」
 向こうでレミリアがスペルカードを宣言する声。同時に無数の赤いナイフが顕現し、こっちにまで飛んできた。身をかがめる妖夢に、紫がきいた。
 「あなたはこっち、とあっち、どっちが好きかしら。住み心地は変らない。住んでる人も変らない。かわらないふたつの世界で、二者択一の無常な決意。それを固めるなら、どっちがいいと思う?」
 「そりゃ、こっちでしょ」
 「なぜ? 
 とパチェリー。
 妖夢は即答する。
 「そりゃ、お嬢様がいますから」
 「OK,じゃぁちょっくらやるわ。手伝う気は、ある?」
 「あー、そうですね。ないわけじゃ、ないです」
 「それで充分よ」
 珍しく饒舌なパチェリーに。*1

*1:ごめん、まだ終わらなかったよ